日本の大学教職員はアカデミック・インテグリティ(学術公正)とリサーチ・インテグリティ(研究公正) の原則についてどのように捉えているのでしょうか。また、大学教職員の方の意識が、教育と研究の実践にどのような影響を与えているのでしょうか。 研究環境が急速に進化し、研究成果の正確性と信頼性にあらためて注目が集まるいま、これらは時宜にかなった問いです。
これらの問いが動機となり、ターンイットイン・ジャパンは、日本の大学教職員のアカデミック・インテグリティとリサーチ・ インテグリティに関する意識調査を自主企画し、実施しました。2021年12月、日本の大学教職員300名を対象にした調査研究の目的は、 アカデミック・インテグリティ、およびリサーチ・インテグリティに対する理解と、それが、研究者の研究分野、 所属機関のインテグリティ方針へのアプローチ、リソースと研修、盗用・剽窃検知ツールの活用、オンライン学習一般に対する姿勢と、 それぞれどのような関係があるのかを明らかにすることでした。
本調査の成果が、日本の高等教育機関におけるアカデミック・インテグリティとリサーチ・ インテグリティに対する意識と実践の現状に光を当て、不注意あるいは故意の不正行為を抑制し、 責任ある研究実践を守るための今後の戦略に役立つことを期待しています。
概略:ターンイットインの主な調査結果アカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティの欧米的な定義は、日本の教育機関においては比較的新しいものであることを前提に、本調査では「認知」と「理解」を区別し、 日本の大学教職員のこれらの概念に対する考え方と受容について、詳細を明らかにするよう努めました。私たちのアカデミック・インテグリティ(学術公正)の定義は、「たとえ困難な状況におかれても、正直・信頼・ 公正・敬意・責任・勇気という6つの基本的な価値観を全うすること」です。また、リサーチ・ インテグリティ(研究公正)とは、「研究の妥当性と信頼性を確保するための原則と基準」と定義し、 これらの定義は調査実施時に全回答者に提示されました。
以下は、本調査結果の概略です。
- アカデミック・インテグリティの問題について理解していると回答したのは、全体の4分の1に過ぎない
- 積極的に論文を執筆している研究者の71%がアカデミック・インテグリティの問題について確信をもっていない
- リサーチ・インテグリティの問題について理解していると回答したのは、全体の3分の1以下であった
- アカデミック・インテグリティについて聞いたことがあると答えた回答者のうち、44%が自分の所属機関にアカデミック・ インテグリティのガイドラインがあると回答した
- 全体の85%が、研究不正により評判が毀損される恐れがあることを「どちらかといえば脅威と感じる」「とても脅威と感じる」 と回答した
- 積極的に論文を執筆している回答者のうち、盗用・剽窃検知ツールを使用しているのはわずか20%である
調査結果を分析すると、アカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティを「認知」 しているのは全回答者のうち39.3%であることが分かりました(聞いたことがあり、 内容を理解していると聞いたことはあるが理解はしていないという回答者の合算)。回答者の所属機関の規模には、ほぼばらつきがありませんでした。
その一方で、アカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティへの「理解」は全体的に低く、アカデミック・ インテグリティについては24%、リサーチ・インテグリティについては30%という結果でした。
加えて、リサーチ・インテグリティに関しては、その年度内に1本以上の論文を書き、盗用・剽窃検知ツールの使用歴のある 「積極的に論文を執筆している」と定義される回答者グループに大きな違いが見られました。このグループは全体に比べてリサーチ・ インテグリティへの理解度が高く、55%との結果が出ました。
今回のサンプル調査により明らかになった成果は、日本におけるアカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティの現状を分析・ 評価するための重要な基礎となります。これらの概念が日本の大学教職員のあいだで十分に理解されていないことが明らかになり、また、 認知度も低いことが浮き彫りになりました。さらに、学術と研究における不正行為の頻度とリスクを軽減するためには、認知と理解の両面から、 さらなる取り組みが必要であることが分かりました。
今回の調査では、所属機関の規模が有意な差を生み出すことはありませんでしたが、研究分野によって明らかな差が生じました。 自然科学分野では27.9%、社会科学分野では28.3%の回答者が「アカデミック・インテグリティについて聞いたことがあり、理解している」 と答えたのに対し、人文科学分野では16.7%にとどまりました。
これは、人文科学分野に比べて自然科学では1.67倍、社会科学では1.69倍の回答者が、 その概念に対する認知および理解が高いことを示しています。
このような差は、自然科学や社会科学の分野では、研究の商業化などで関連する成果に厳しい目が向けられており、 人文科学に比べて研究の厳密さが強く求められることを考えると、当然のことかもしれません。ここから考えられることは、アカデミック・ インテグリティとリサーチ・インテグリティのための研修が学部の1年目以降は一律に実施されていないことと、 大学のエコシステム全体を対象とする、より包括的なアプローチが必要であるということです。
アカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティの認知について、回答者に影響を与えたもうひとつの大切な要因は、 オンライン授業の進展でした。アカデミック・インテグリティに関しては、オンライン授業の進展に伴い、、認識が「どちらかといえば変化した」 「大きく変化した」と答えた人は54.2%に上りました。リサーチ・インテグリティに関しては、42.3%がオンライン授業の進展に伴い認識が 「どちらかといえば変化した」「大きく変化した」と回答しました。
回答者のアカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティに対する認知度と理解度に加えて、自らの所属機関におけるアカデミック・ インテグリティ方針をどれだけ認知しているかにも注目しました。
アカデミック・インテグリティについて聞いたことがあると回答した人のうち、 41%が自分の所属機関がそのためのガイドラインをもっているかどうか分からないと答え、 43.5%が所属機関にガイドラインが存在すると答えました。
これらのデータから以下の2つのことが考えられます。
- アカデミック・インテグリティに関するポリシーや規定が組織的な枠組みに高度に組み込まれていないこと。
- 大学院以上の研究者のあいだでガイドラインの活用が不十分なため、ポリシーや規定に関する教育と普及が必要であること。
また、アカデミック・インテグリティの問題を理解していると回答した人の50%が、アカデミック・ インテグリティの研修を学生の学習に組み込むために組織的な取り組みを行っていると回答しました。このことから、アカデミック・ インテグリティの原則について理解が得られれば、ガイドラインについての研修を通じてその価値を認め、学業や研究のなかでアカデミック・ インテグリティの保持を徹底する取り組みができることが分かります。
しかし、回答者の半数がアカデミック・インテグリティに関する教育的な取り組みを特定できなかったのも事実です。 これらの概念に対する重要性の認識と、 組織的な方針の中にそれらを根付かせるための直接的な行動とのあいだのギャップを埋める必要があることが分かります。
アカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティのための研修機会がどのように展開されているかという問いをさらに掘り下げ、 所属機関にアカデミック・インテグリティのガイドラインが「ある」と回答したグループを見てみましょう。本調査では、アカデミック・ インテグリティとリサーチ・インテグリティを保持するために所属機関で採用しているツールやリソースを分類するよう回答者に頼みました。
「アカデミック・インテグリティの研修」に関しては、大きく2つのポイントが明らかになりました。
- 所属先にアカデミック・インテグリティのガイドラインがあると答えた回答者のうちの67%が、勉強会でアカデミック・ インテグリティの問題が取り上げられていると回答
- 所属先にアカデミック・インテグリティのガイドラインがあると答えた回答者の35%が、アカデミック・ インテグリティの問題がカリキュラムに組み込まれていると回答
「リサーチ・インテグリティの研修」に関しても、同様の2つの知見が得られました。
- 所属先にリサーチ・インテグリティのガイドラインがあると答えた回答者の70%が、リサーチ・ インテグリティの問題が勉強会で取り上げられていると回答
- 所属先にリサーチ・インテグリティのガイドラインがあると答えた回答者の29%が、リサーチ・ インテグリティの問題がカリキュラムに組み込まれていると回答
それらの研修についてさらに詳しく見てみると、アカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティともに、ポスターやリーフレット、 ウェブサイトなど従来型の受動的な形態に加えて、勉強会のような共同的で体験的なアプローチも確認されました。もちろん改善の余地はあるものの、 教育機関の公的なカリキュラムにアカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティの研修がきちんと組み込まれており、 勉強会でさらに積極的な研修が行われていることがデータで分かり、心強い結果となりました。
日本だけでなく世界全体の学術界において、研究不正事件への悪評が高まるなか、 大学の教職員が大学の名声や評判への悪影響をどのように捉えているのかも調査しました。その結果、全キャリアステージ、全教育機関を通じて、 回答者の85%が、研究不正により評判が損なわれる危険性があることについて「どちらかといえば脅威と感じる」「とても脅威と感じる」 と答えました。それにも関わらず、リサーチ・インテグリティを認知して理解していると回答した人のうち、リサーチ・ インテグリティを十分に守る環境づくりに取り組んでいると回答したのは、54%にとどまりました。
このデータから分かることは、評判リスクを管理するうえで、回答者の価値観と実践のあいだに隔たりがあることと、残りの46%はリサーチ・ インテグリティに取り組むための方策が不足しているということです。ここで、疑問が生まれます。組織的な盲点や研究者個人の脆弱性を解決し、 個人と教育機関の両方の評判を守るためには、どのような方策があるのでしょうか。大切なのは、研究者個人にだけ、 その責任があるわけではないということです。研究者自身の注意義務とリスク軽減を支える、組織レベルのサポート体制が求められています。
評判リスクに対処するための戦略のひとつは、論文の執筆段階と投稿・出版の準備段階で研究者を助けてくれるツールを活用することです。 回答者に、テキストの類似性をチェックするツールに馴染みがあるか、あるいは盗用・ 剽窃を避けて信用と評判を守るためにそのようなツールを利用する意思があるかを質問しました。
その結果、積極的に論文を執筆している回答者のうち、20%しか「盗用・剽窃検知ツール」を使用していないことが分かりました。
使用を認めたのが20%という少数派であることと、前述した評判の悪化に対して懸念が高いことは、相反する結果であり、 なぜ日本の高等教育システムにおいてEdTech(教育テクノロジー)を活用したソリューションの導入率が低いのかについて、嗜好性や理解度、 アクセス可能性に注目してさらに追究する必要があります。
最後に、日本のデジタル教育への取り組みを把握するために、オンライン学習一般に対する意識を質問しました。
全体的に、オンライン学習の継続と対面学習に対する考えは、ほぼ拮抗していました。国立大学の回答者の54%と公立大学の回答者の68%が、 オンライン授業の継続について「どちらかといえば希望する」「とても希望する」と回答しました。興味深いことに、 これら2グループは私立大学の回答者に比べて、オンライン学習への支持が高いことが分かりました。反対に私立大学の回答者は、57% がオンライン授業を「希望しない」という結果が出ています。
国公立大学と私立大学のあいだでこのように考えが別れた原因として、私立大学ではより個人的なサービスを提供する傾向があり、 それが柔軟性や仕事量に影響していること、加えて、コロナ禍で学生数が減り、大学法人側の財政リスクが高まったことが考えられます。
ほかに、全体的なオンライン学習への抵抗感に関わる要因としては、回答者の圧倒的多数(87%)が、 成績評価とフィードバックの提供に伴う負担が「大きく」あるいは「どちらかといえば」増加したと回答したことが挙げられます。このことから、 喫緊の課題は、デジタル時代の教育を促進するために、日本の教育者と研究者がテクノロジーをうまく活用するための方法を見つけることで、 かれらがアカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティを守るために支援を必要としていることは言うまでもありません。
まとめると、アカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティに対する認識と理解を高めるための取り組みに再び注目することが、 日本の研究成果の質と研究者のキャリア準備、国内および国際舞台において研究機関の評判を維持するために必要不可欠なのです。 この調査研究の概要から、アカデミック・インテグリティとリサーチ・インテグリティが根付きつつあるという心強い兆候が見られるにも関わらず、 いまだすべきことはたくさんあることが分かります。
調査対象者属性 性別:
女性
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14.7%
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男性
|
85.3%
|
20-29
|
0.7%
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30-39
|
2.9%
|
40-49
|
26.5%
|
50-59
|
42.6%
|
60-69
|
27.2%
|
私立大学
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52.0%
|
国立大学
|
40.7%
|
公立大学
|
7.3%
|
社会科学系
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17.7%
|
自然科学系
|
49.0%
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人文科学
|
28.0%
|
その他
|
5.3%
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調査方法
・期間:2021年12月10日~12月13日
・対象:日本国内の大学教職員300人 (マイボイスコム調査パネルを利用)
・方法:インターネットによるアンケート
本調査研究において、データ分析のパートナーとしてご協力いただいたアカバナコンサルティングに感謝申しあげます。
本調査成果の詳細が知りたい方は、下記のフォームにてお問い合わせください。