同志社大学 免許資格課程センターにて図書館司書課程を主にご担当される佐藤翔准教授に、 「オープンサイエンス時代のジャーナル投稿」と「高等教育における情報リテラシー」を中心にご寄稿いただくシリーズのVol.1 となります。 初回となる今回は、「論文出版の2類型 高額の負担をするのは読者か著者か」をテーマにオープンサイエンス時代における学術雑誌の購読、 および論文の発表方法について取り上げていただきました。
今月から連載記事を執筆させていただくことになりました、同志社大学の佐藤翔と申します。図書館情報学という、「1. 図書館員の養成」、「2. 図書館運営の役に立つ科学的知見の生産」、「3. 効果的・ 効率的な情報の処理・管理法の追求」という3つの背景が、 混ざったような混ざりきらないようなまま進んでいる学問分野に属する者の一人です。 背景からしてそんな次第なので図書館情報学者と言ってもやっていることは様々なのですが、その中で自分は人間が情報を扱うときの、 行動特性に関心があり、様々な方向から研究しています。関心領域の一つが学術情報の流通でして、研究者が(あるいはそれ以外の人々も) 論文等の学術情報をどんな風に使い、新たに生産しているのか、そのあるべき理想像というよりは、実態を見ることに興味があります。 情報流通に関する不正行為(問題のある査読や、最近話題のハゲタカ出版など)もフォローしているトピックの一つで、情報を活用し、 発信するという文脈の中で、研究公正はどう破られるのか、それを環境的に防ぐ方法はありうるのか、等ということを考えています。
オープンサイエンスとはさて本連載のタイトルは「オープンサイエンス時代の論文出版の動向」とさせていただきました。最近、 研究に携わる方であれば耳にする機会も増えてきたであろう「オープンサイエンス」という言葉ですが、 人によって何を指しているのかの範囲が様々で、実はコンセンサスを得た定義はない、と言われています。しいて言えば「研究活動をよりオープンにして科学と社会の変容をも促す」ムーブメントは何でもオープンサイエンスのうちだ、というところでしょうか。ただ、その中でも核となるのは(主として査読済みの) 研究成果を、インターネットを通じてだれもが無料で読み、利用できるようにしようという「オープンアクセス」と、 その成果の下となった研究データを、できるだけ多くの人が再利用できるようにしようという「オープンデータ」です。あえてオープンサイエンス、 という場合には特に後者の研究データの公開の部分を重視することが多いのですが、自分の主戦場はどちらかと言えばその母体、 あるいは前身であったオープンアクセスの方にあります。
オープンアクセスの台頭 : APC型オープンアクセスとはオープンアクセスというのは2000年代初頭に成立した概念です。学術論文が掲載される学術雑誌は、第二次世界大戦後くらいの段階では、 他の多くの雑誌とそう変わらない値段で流通していました。しかし増え続ける論文数への対応、刊行業務の学会(研究者自身) から商業出版社への移行とその寡占化等の要因が相まって、学術雑誌の価格はこの70年、一貫して値上がりし続けてきました。その結果、 1タイトルの年間の購読費用が数十万円~数百万円かかって当たり前、という状況になってしまったわけですが、 この高すぎる購読費用が論文の健全な流通(読みたい人が読めること)を阻害しているという反発から生まれてきたのが、 インターネットを通じて論文を無料で流通させてしまおうというオープンアクセス運動でした。その具体的な手段としては、 雑誌に掲載された論文を著者自身が別のサイト等にもアップロードする(セルフ・アーカイブ)ことと、購読費以外の方法で運営費を賄い、 読者は自由にアクセスできる雑誌の創刊(オープンアクセス雑誌)が最初期から提唱され、今に至っても主な手段となっています。
このうちセルフ・アーカイブについてはまた後の連載で扱っていくとして、オープンアクセス雑誌については提唱から20年を経た現在、 かなり一般的な存在となりました。オープンアクセス雑誌の運営方法としても出版元機関が全額費用負担するモデル (ダイヤモンドオープンアクセスなどと呼ばれます)をはじめ色々あるのですが、現在、最もよく知られているのは著者支払う掲載料 (Article Processing Charge、APC)で運営するモデル、APC型オープンアクセス雑誌です。Delta Think社のレポートによれば2020年時点で世界の学術論文の36%、 3分の1以上はAPC型のオープンアクセスで公開されていたということでした。つまり今現在、 研究成果としての論文を学術雑誌に発表する主な方法には、「購読型(読者がお金を払う雑誌)に掲載する」と「APC型(著者がお金を払う雑誌) に掲載する」の2類型がある、という状態にあるわけです。
APC型オープンアクセス雑誌と購買型雑誌の比較購読型雑誌は元々あったモデルなので、多くの研究者にとっては当然、なじみ深い存在です。ただ、購読型雑誌と言っても、 自分が所属している学会の雑誌等を除けば、研究者が自分で購読料を払っていることは稀でしょう。そもそも最近の自然科学・ 工学分野の研究者であれば、紙で雑誌を買っている人もあまりいないはずで、ほとんどの人はインターネットから、 PDFあるいはウェブブラウザの画面で閲覧する電子ジャーナルを活用しているはずです。電子ジャーナルの場合、 購読費用は各大学の図書館等が支払っているので、マネジメント層にならなければその費用を研究者が意識することはあまりないでしょう。ただ、 先に述べたとおり、現代の学術雑誌の購読費用は莫大なものになっています。実際にはタイトル単位で契約する方式はもうほとんどとられておらず、 ある出版社の雑誌を丸ごと閲覧可能にするビッグ・ディールという方式で契約を結んでいる例が多いのですが、その場合、 出版社に支払う購読費用の総額は(大学の規模にもよりますが)数千万円~数億円になることもざらです。しかも毎年値上がりするので、 費用負担に耐え切れなくなるとある出版社の契約を丸ごと解除することになり、研究者の感覚としては「ある年度から突然、 読めていたジャーナルにアクセスできなくなった」という現象が発生します。論文を発表する側としては、 あまり契約してもらえていない出版社の雑誌に論文を出してしまうと、せっかくの研究成果なのに契約の関係であまり読んでもらえない、 という事態がありうるわけです。
APC型オープンアクセス雑誌であればこのような問題はありません。読者は誰でも無料で閲覧することができます。 ただ購読型雑誌とは異なる問題もあります。例えば、かつてはAPC型オープンアクセスでは、多くの引用を集めるような論文を集めた、 ハイインパクトな雑誌(例えばNatureのような)を運営することは不可能であると言われていました。購読型雑誌の場合、費用負担は (総額で見れば高いとはいえ)多くの「読者」に薄く広くかかるのに対し、APC型オープンアクセスの場合、 多くの雑誌は査読で却下された著者にはAPCを課さないので、費用負担は採択・掲載される著者のみにかかります。 ハイインパクトな雑誌を実現するには、多くの論文を査読で却下し選抜することが必須なので、 その却下する論文にかかるコストまで一部の採択論文に負わせると、APCがとんでもない額になってしまうと考えられます。 例えばNatureであれば百万円以上のAPC設定が必要になるとも言われ、実際はポケットマネーではなく研究費から出すにしても、 現実的ではないと言われてきました。PLOS Medicine、PLOS Biologyなど、一部にはAPC型のある程度、 インパクトのある雑誌もありましたが、これらは雑誌としては赤字で、出版元(PLOS)の方針としてなんとか維持されている、というものでした。 また、購読型雑誌の中にも、追加でAPCを支払えばその論文だけオープンアクセスにできる、という雑誌(ハイブリッド型)もあったのですが、 Nature等のハイインパクトな雑誌の多くはこのハイブリッド型に対応していませんでした。このように、ハイインパクトな雑誌を狙うとすると、 APC型オープンアクセス雑誌は選択肢に入りにくかったのです。
Plan Sがオープンアクセスに与える影響しかしこの問題も現在ではおおむね解決してきています。 解決の糸口になったのはヨーロッパの研究助成機関の団体が出したオープンアクセス義務化方針、Plan Sです。 この方針では参加機関の助成を受けた研究は、必ず指定した方式のいずれかでオープンアクセスにしなければいけない、ということになりました。 これに対応するために主要な出版社のほとんどの雑誌は、ハイブリッド型にも対応するようになっています。Nature Communications(APCが60万円以上)など、 かなり高額のAPCを設定した雑誌でも問題なく論文が集まったことも一押しになりました。 まさか払わないだろうと思えた高額のAPCを設定しても、割と研究者は支払うことがわかってきたのです。その結果、 NatureやCellといった従来、APCを設定していなかったハイインパクトな雑誌もハイブリッド型に対応してきたのですが、 それぞれAPCの金額はNatureで120万円、Cellで107万円と相当な高額に設定されました。それでも研究者は出すだろう、 と思われているわけです。
購読型雑誌であれば読者に高額の負担がかかる、APC型オープンアクセスであれば著者(実際には研究費であり、その所属機関や助成機関) に高額の負担がかかる。どっちにしても大学等には大きな負担がかかるというのですから不思議ですが、 それでもみんな払うのでこの設定になっている、という面もあります。更なる背景には支払いの最終意思決定者が研究者である一方、 費用を直接支払うのは大学図書館(購読費)や大学・研究助成機関(APC)である、という乖離があります。 自腹を切るならこんな高い購読費もAPCも到底、負担できないわけですが、自分の懐が痛まなければ出せてしまう(感覚的に。 実際には最終的な財源は共通なので、研究者にとってもまわりまわって負担になっています)。出版社の側にもその実態はだいぶ知れ渡っているので、 当面、この高額負担問題は続いていくでしょう。さらにPlan Sは「転換契約」という、APCを研究者が個別に出すのではなく、 大学が一括して、しかも購読費用とまとめて契約する方式を推奨しています。最近、東北大学、 東京工業大学、総合研究大学院大学、 東京理科大学の4大学が大手出版社Wileyと転換契約を見据えた覚書を締結したことで日本でも話題になりました。 この方式での契約が進むと、個々の研究者はAPCが高額であることを意識しない(購読費用の場合と同様に!)ことになるので、 ますます高額なAPCに鈍感になっていくことが懸念されます。論文を発表する側としても、多少はこうした問題にも目を向けてほしい……のですが、 でも実際、載せたい雑誌があれば、お金はかかってもそこに載せたいですよねえ……。
さて連載次回ではオープンアクセス雑誌の普及に伴って現れた新たな問題、ハゲタカ出版について扱っていきたいと思います。
佐藤翔 准教授<br>同志社大学<br> 免許資格課程センター