学業において、学生は失敗をすると取り返しがつかないと思いがちです。例えば、米国の成績制度では、もっとも低い成績である「F」は、 Failure(失格・失敗)の頭文字です。成績「F」は、次の段階へ進めないことを意味し、その授業を再履修したり、 留年したりすることになります。
一方で、高校生や大学生が、入学志願書で「これまでの失敗から何を学びましたか」と問われることがあります。このような質問は、 学生がこれまで受けてきた教育とは相反するもののように思えるかもしれません。
大学や大学院で「失敗から学んだこと」について小論文を書くよう求められる学生は、これまでそのことを授業で教えられてきたのでしょうか? マイケル・バイクラフトは「学生は、失敗を受け入れることを直感的に難しく感じるようだ。テストでは常に「A+」 を取るべきだと教員が教える一方で、そうでない学生をどうサポートするのか」と指摘します(2019)。
学びには挫折がつきものであり、失敗を受け入れることは重要です。失敗のための安全な環境をつくることで、学生は失敗にひるむことなく、打たれ強さを身につけ、 より盤石な学習の道のりを進むことができます。さらに、完璧にできたことを褒める(あるいは完璧さを奨励する)のではなく、過ちを指摘してフィードバックを与えることで、学生は学びを深め、自信を得るのです(Metcalfe, 2017)。
アカデミック・インテグリティにおいても、安全に失敗することが重要です。出典や引用に関するローステイクス・テストを取り入れると、 学生は誤った行動を修正する方法を理解し、盗用・剽窃のような不正行為を学ぶ機会に変えることができます。 リスクの低い環境でアカデミックライティングのスキルを身につけることで、「学生は不安を和らげ、自信をもち、パフォーマンスを向上させる」 ことができます。(Stewart-Mailhiot, 2014, p. 40)
また、カリフォルニア大学バークレー校のマーティン・コビントン教授によると、失敗への恐怖心は自尊心に直結します。コビントン教授は、 「学生は失敗を避けて自尊心を守るために驚くような心理操作をする。これは、 失敗への恐怖心に対処したことのある者なら誰でも知っていることであるが、長期的に影響を及ぼす」と指摘しています。(Zakrzewski, 2013)
学生が失敗を過度に恐れ、自分に成功する能力がないと思うと、失敗を避け、自尊心を守るために安易な解決策に陥りがちです。(Zakrzewski, 2013)この心理作用は、別の研究においても指摘されています。自分の不道徳さから目を背けたい学生は、不正行為を合理的な行為として正当化するでしょう。(Simmons, 2018)
このような思考回路が、失敗をなんとしてでも避けるために、盗用・剽窃や論文代行、 最近ではAIライティングの不正利用といった不正行為に頼る学生を生みだすのです。
ローステイクス・テストを頻繁に実施し、安心して失敗できる環境を整えることで、立ち直る方法を学生に教えることができます。 「生産的失敗」という理論を打ち立てた、学習科学者のマヌ・カプール教授は、「成功体験の効果がすぐに見られないのであれば、 そもそもの前提を疑い、失敗のための計画を立てよう……目指すべきは、安全かつ工夫された環境で失敗を経験できるよう計画することだ。 そこでの最初の失敗に教員が介入し、フィードバックを与えて指導することで、学生がその題材をより包括的に捉えられるようになり、 失敗が生産的なものに変わる」と言います(Terada, 2022)。
学生が分析力を身につけ、革新と独自思考には失敗がつきものであることを理解できるように、 リスクの低い環境を整えることが非常に重要です(Warnock, 2013)。学生はハイステイクス・テストを受ける前に、 引用や出典の方法を身につけ、いかに独自性と自分の声を引き出すかを理解していなければなりません。それらのスキルは、ローステイクス・ テストを頻繁に経験することで養われます。
安全に失敗することは、打たれ強さを身につけ、挫折を乗り越えるために必須です。失敗を「学びのチャンス」と捉えると、 突破口が見えてきます。さらに、失敗は個人の尊厳を損なうものではなく、学習過程の一部であると教えましょう。学生は自信をもち、 学術不正を犯す可能性も低くなるでしょう。
事実、学術不正は大きな変化のきっかけとなる可能性があります。学術不正に対する修復的な考え方が、そのような変化を引き起こすひとつの筋道となり、 学生が失敗から立ち直る支えとなるでしょう。
学生は、中立的な第三者による失敗を検証することで、安心感を得られるかもしれません。ハイステイクス・テストであっても、 心理的な負荷を下げる環境を整えることで、学生は独自の成果物に専念することができます。
教員によるChatGPTを含むAIライティングの授業での活用がすでに始まっています。ソーシャルニュースサイトのRedditには、 時代の変化に適応する教員について、次のようなコメントが投稿されています。「私の友人は大学で歴史の授業を受講しています。 歴史学のトピックについて教授がChatGPTに書かせた小論文を、学生が採点し、 ChatGPTの間違いを指摘して修正しなければならないそうです」(u/SunRev, Reddit, 2023)。
この授業実践は、さまざまな点で注目に値します。第一に、教員がAIライティングを教具として活用し、 その存在を学生の前で認めていること。第二に、実践的に検証する活動を通して教員がAIの欠点と限界を指摘していること。そして第三に、教員が、 たとえAIの失敗であったとしても、失敗を受け入れ、学生がAIに負けない専門家になることを奨励していることです。
まとめ安心して失敗できる環境を整えることについては、教育学で研究が進んでいます。さまざまな課題が生まれており、 AIライティングもその1つです。私たちは、AIライティングの存在を受け入れつつ、アカデミック・インテグリティを保持しなければなりません。 この新たな環境においても、安全に失敗することの重要性を常に意識する必要があります。AIライティングやChatGPT、 そして次々と起こるイノベーションの世界のなかで、学生の学びを支えていきましょう。